横浜地方裁判所 昭和41年(手ワ)248号 判決 1968年9月04日
主文
被告は原告に対し金五〇万円およびこれに対する昭和三八年三月二五日から支払ずみまで年六分の割合による金員の支払をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決はかりに執行することができる。
事実
(当事者の申立)
原告は主文第一、二項と同旨の判決および仮執行の宣言を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求めた。
(当事者の主張)
第一、原告は請求の原因として次のとおり陳述した。
一、原告は左記約束手形一通の所持人である。
金額 五〇万円
満期 昭和三八年三月二五日
支払地 横浜市
支払場所 株式会社神奈川相互銀行洪福寺支店
振出地 横浜市
振出日 昭和三八年二月二七日
振出人 山栄商事こと藤田文哉
手形保証人 被告
受取人兼第一裏書人 家子来建設株式会社
原告は同年三月二〇日右手形を株式会社大和銀行に取立委任のため譲渡し、同銀行は右手形を呈示期間内に支払場所に呈示したところ支払を拒絶された。
二、よつて原告は被告に対し右手形金およびこれに対する昭和三八年三月二五日(満期)から右支払ずみまで年六分の割合による利息金の支払を求める。
第二、被告は答弁および抗弁として次のとおり述べた。
一、原告主張の一の事実は認める。但し本件手形の振出日は白地であつた。
二、同二は争う。
三、本件手形金債務は満期より三年を経過した昭和四一年三月二六日に消滅時効が完成したから原告の請求は失当である。
四、(一) 仮りに前項の主張および後記第四の一ないし四の主張が認められないとしても、以下のとおり主張する。
即ち本件手形は昭和三八年三月二〇日原告が株式会社大和銀行に取立委任裏書をし、同銀行が満期の翌日(同月二六日)支払場所に呈示したが不渡りとなつたので、原告はこれを家子来建設株式会社に返還し、右会社はさらにこれを横田八郎に譲渡した結果、横田八郎は昭和三九年一〇月八日当時本件手形を所持していたものであり、その後横田はこれを家子来建設株式会社に返還し、同社は再びこれを原告に譲渡したものであるから、被告は本件手形につき家子来建設に対する原因関係上の抗弁をもつて原告に対抗し得るものである。
そして本件手形は後記のとおり家子来建設に対する工事代金支払のために振出したものであるが、右代金債務はすでに消滅したから原告に対しても本件手形金を支払う義務はない。
(二) 被告は昭和三七年一二月二日白銀建設株式会社(昭和三七年一二月五日家子来建設株式会社と商号を変更した)に対し被告所有の横浜市西区南幸町一丁目八番地所在鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付二階建店舗の一、二階の拡張と、三ないし五階を増築する工事を注文し、家子来建設は右工事を金五、六〇〇万円で請負い、工事着手の日を昭和三七年一二月九日、工事完成期日を昭和三八年四月二〇日、引渡の時期を完成の日から七日以内と定めた。右請負代金の支払方法は契約締結と同時に金二、〇〇〇万円を支払い、中間払い(出来高による随時支払)として被告は東京建物株式会社若くはこれに代る不動産会社に委任して入居者を募集し、その保証金敷金から工事出来高に応じた支払をするものとし、残代金は工事完了のときに中間支払に準じて入居保証金、敷金、賃貸料その他右工事による完成建物を担保とする借用金等により支払うこととなつていた。
契約締結の際に支払うべき金二、〇〇〇万円は被告にそれだけの手持資金の調達見込がなかつたので、被告振出にかかる約束手形か若くは被告の関係する会社が振出し被告が保証した約束手形を満期の最終日を昭和三八年四月三〇日として家子来建設に交付し、家子来建設は右約束手形を他から割引を受けて工事資金を調達し、満期における右手形の支払は竣工建物の入居者より支払われる保証金敷金によつて被告より右手形金の決済を受けることとなつていた。被告は前項の約定にもとづき昭和三七年一二月三日金額いずれも金一〇〇万円の約束手形二〇通(別表A(一)ないし(二〇)記載の手形)(後に右(一二)を同(二一)(二二)に書替えた。)を家子来建設に宛て振出して交付した。
家子来建設はその後取引銀行が相互銀行なので、支払場所をそれとする方が都合がよいから当初の手形(別表A(一)ないし(一一)(一三)ないし(二二)の手形)を取代えて貰いたいと申入れたので、被告は昭和三八年二月下旬山栄商事こと藤田文哉の振出にかかる金額五〇万円の約束手形二〇通、金額一〇〇万円の約束手形一〇通(別表(B)(一)ないし(三〇)の手形)に被告が保証してこれを家子来建設に交付した。本件手形はそのうちの一通である。
その後さらに家子来建設は別表(B)の手形では割引を受けるのに都合が悪いので手形の交換を依頼してきたので、昭和三八年三月下旬に別表(B)の手形の内金額一、〇〇〇万円相当の分(本件手形を含む)の書替えとして別表(C)の約束手形六通(合計五〇〇万円)および別表(D)の約束手形九通(合計五〇〇万円)を交付したので、本件手形に対する被告の保証責任は更改によつて消滅した。
(三) 被告が家子来建設に支払つた工事代金および家子来建設の下請業者等に請求を受けて支払つた金員の合計額は別紙支払金額一覧表記載のとおり合計金一二、一六四、五二七円となる。
ところが家子来建設は三階ないし五階増築工事の建物骨格を構築した段階で昭和三八年五月頃より工事を中止し、かつその頃から銀行取引を停止され支払不能に陥り営業を停止していたので、最早工事を継続して右建物増築工事を完成することは不可能であるから、被告は昭和三八年一一月一四日内容証明郵便をもつて家子来建設に対し履行遅滞にもとづく請負契約解除の意思表示をし、右書面は翌一五日到達したので右契約は同日限り解除された。
家子来建設は前記のとおり工事を中止したので被告は、家子来建設の工事中止により右建物の完成が引渡期日の翌日たる昭和三八年四月二八日より契約を解除した同年一一月一五日まででも六ケ月半遅延し、その間の右建物の賃貸により得べかりし賃料月額金一、七〇〇、一〇〇円合計金一一、〇五〇、六五〇円より五分の集金費用金五五二、五三三円を差引いた金一〇、四九八、一一七円の損害を蒙つた。家子来建設が施工した出来高部分は金二〇、〇〇〇、三五〇円の価値を有するところ、被告は前記のとおり既に工事代金として現実に金一二、一六四、五二七円を支払つており、かつ工事遅延により金一〇、四九八、一一七円の損害を蒙つているので、右出来高部分の価格金二〇、〇〇〇、三五〇円より支払済の金一二、一六四、五二七円を差引いた残額金七、八三五、八二三円と右損害賠償債権とを対当額につき相殺すれば、被告は前記工事出来高部分に対する代金を家子来建設に完済したこととなり、さらに家子来建設に対して金二、六六二、二九四円の損害金債権を有するものであるから、右工事代金支払のために振出された本件手形は家子来建設に対して支払う義務がないものである。
第三、原告は被告の抗弁に対する反論として次のとおり述べた。
一、被告の時効の主張は否認する。
二、原告は昭和四一年二月二二日付内容証明郵便(翌二三日被告到達)を以つて被告に対し本件約束手形金の請求をしたので本件手形金債権の消滅時効は九月二三日中断されている。
なお右催告書は訴外小林武郎代理人一松弘名義ではあるが、右の内容には本件約束手形債権も含まれており従つて催告名義人として原告および小林武郎両名代理人とすべきところ誤つて小林武郎のみの代理人名義としたものである。弁護士一松弘は既に原告から右債権請求の代理権限を有して居り、その約束手形債権を特定表示して前記のとおり催告したのであるから仮令原告代理人としての表示が脱落していてもその催告は権利行使の意思の表明あるものとして時効中断の効力を有するもとといわねばならない。
三、被告は昭和三九年一〇月八日被告が経営している横浜市内山栄ビルにおいて原告所持の本件約束手形を含めた約束手形買戻に際し、原告代理人横田八郎に対し本件約束手形債務を承認したので、右時効は同日中断された。
そして右承認は訴外藤田文哉もまた被告を通して承認したものである。蓋し藤田文哉は山栄商事の専務取締役であり、被告がその代表取締役であり、被告が所有する山栄ビル工事代金支払のため本件手形を家子来建設株式会社宛に振出すべきところ、銀行取引がないため便宜上専務取締役と称する藤田文哉をして本件約束手形を振出さしめたものであつて、実質上は被告が振出交付したのも同然であるからである。
四、仮りに右各主張が認められず被保証債務が時効により消滅したとするも手形行為の独立性と手形法第七一条の規定に照らし、被告の保証債務は消滅しないと解すべきである。
五、さらに本件約束手形債務が時効により消滅し従つて保証債務もまた消滅したとしても、被告は昭和三九年一〇月八日原告の代理人横田八郎、同大前達秀が本件手形を含む手形金の請求に際し被告においてはこれが債務を引受け同人においてこれが支払をなすことを約したので原告は被告に対し右約束手形金の支払を求める。
六、被告の第二の四の主張事実は否認する。
第四、被告は原告の第三の主張に対する反論として次のとおり述べた。
一、原告の第三の二の主張事実は否認する。
昭和四一年二月二三日被告に到達した内容証明は小林武郎の代理人たる一松弘弁護士より小林の被告に対する約束手形金債権について履行を催告したものであつて、原告が本件手形金債権について履行を催告したものではないから本件手形金債権について履行を催告したものではないから本件手形金債権についての催告としての効力を生じない。
二、原告の第三の三の主張事実は否認する。
横田八郎は昭和三九年一〇月八日その所持する金一〇〇万円、満期昭和三八年四月五日、支払地振出地横浜市、支払場所神奈川相互銀行洪福寺支店、振出人山栄商事藤田文哉、連帯保証人山口武彦、受取人白銀建設株式会社なる約束手形一通を被告に呈示して買取りを求めたので、被告は同日右手形を横田八郎より金一〇万円で買受けたものであり、横田は原告の代理人として右手形の買取りを求めたものでもなく、本件手形の支払を求めたものでもないし、被告が右買取り手形以外の手形債務を承認したこともない。
本件手形の実質関係は原告主張のとおりであるがその点から被告が本件手形につき振出人としての責任を負う理由はない。本件手形に対する被告の責任はその振出された実質関係からではなく被告が本件手形についてなした手形行為から発生するものであり、本件手形について被告が保証人として署名したこと手形の記載自体より明らかであるから保証人としての責任を負うにすぎないものである。
三、原告の第三の四の主張は争う。
手形保証といえども附従性を有するものであるから主たる債務が時効で消滅すれば保証債務もまた消滅するのであり、従つて保証人に対し時効を中断しても、それは主たる債務の時効の進行には影響を及ぼさず、これが消滅したときは保証人も責を免れるものである。
四、原告主張の第三の五の主張事実は否認する。
被告が横田八郎との間に作成した昭和三九年一〇月八日付約束手形買取約定書には「但し残余の手形一、九五〇万山口武彦振出しの横田八郎所有手形に関しては大前達秀同席し後日協議す」と記載されているけれども、右は被告が前記金一〇〇万円の約束手形一通を横田より金一〇万円で昭和三九年一〇月八日に買取つた際、訴外横田が所有するその余の手形については如何にするか後日改めて協議することとしその旨を記載したにすぎないのであるから「残余の手形一、九五〇万円」につき被告が債務引受をしたことにはならない。
仮りに右約束手形買取約定書の記載その他より、被告が横田に対し本件手形について債務引受をしたことになるとしても、横田は原告の代理人として被告と交渉したのではなく、横田自身が手形権利者であるとして被告に交渉したのであるから、右債務引受の効果は直ちに原告に効力を及ぼすものではない。
(証拠)(省略)
理由
振出日の記載を除き、山栄商事こと藤田文哉が原告主張の内容をなす約束手形を作成し、これに被告が手形保証をし、家子来建設株式会社に交付され、同社より原告が裏書をうけ、これを現在原告が所持していることは当事者間に争いがない。
成立に争いのない乙第一一号証の一ないし三〇によれば、被告が右手形保証をした当時はその振出日は白地であつたことが認められる。
右事実によれば藤田文哉が振出日について手形補充権を第三者に与えて本件手形を振出したものと解することができる。
成立に争いのない甲第一号証によれば振出日欄には「昭和三八年二月二七日」と記載されていることが認められる。かつ原告が本件手形を昭和三八年三月二〇日取立委任のため株式会社大和銀行に譲渡し、同銀行が呈示期間内に適法に支払のため呈示したことは被告の認めるところである。してみれば振出日の補充が何人によつてなされたかは不明であるが、このような手形を取得した者は同時にその補充権をも取得するものであるから、右補充が家子来建設株式会社、原告あるいは大和銀行のいずれによつてなされたかは問疑する必要はなく、裏書の連続ある本件手形の所持人である原告は手形上の権利を有するものと解されるものである。
次に時効の中断の点につき考える。
成立に争いのない甲第二号証、第三号証の一、二によれば、原告は昭和四一年二月二二日付内容証明郵便(翌二三日被告到達)を以つて被告に対し本件約束手形金の請求をしていることが認められる。なお右催告書は小林武郎代理人一松弘名義であるが、右の内容には本件約束手形債権も含まれているし、その手形債権の特定の表示としても欠けるところがないので、仮令原告の代理人としての表示が脱落していてもその催告は権利行使の意思の表明あるものとして時効中断の効力を有するものといわなければならない。(さらに保証人に対し時効が中断していても、それは主たる債務の時効の進行には影響を及ぼさないと被告は主張するが、右甲第二号証によれば右催告は振出人(主債務者)たる藤田文哉宛にもなされているのでこの点は敢て問題とする余地はない。)
してみれば、爾余の点につき判断を進めるまでもなく被告の時効の主張は採用できないし、従つて仮定的な債務引受の原告の主張もまた判断の必要がないというべきである。
進んで被告の第二の四の抗弁につき判断する。その更改および相殺の抗弁はいわゆる人的抗弁であるが、手形取得者が悪意であるか否かはその取得の時点において判断すべきものと解すべきであり、その取得の時とは手形の裏書譲渡を受けた当時のことであつて、期限後戻裏書あるいは再譲渡をうけた時点を考慮すべきでないのは当然である。原告本人の供述によれば原告が本件手形の取得をしたのは昭和三七年一二月中であることが認められるので、被告主張の更改は昭和三八年三月下旬であり、相殺は本件訴訟においてであるから、この点に関する被告主張の事実については判断するまでもなく被告の抗弁はいずれも理由がないものである。
以上の次第であるから、被告は原告に対し本件手形金五〇万円およびこれに対する満期から支払ずみまで年六分の割合による法定利息金を支払う義務があるといわなければならない。
よつて原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
別表 省略